へんてこパンのレシピを教えてくれた魔法使い。

 2024年9月25日に“矢作萌夏”がEP『愛を求めているのに』をリリース! EPリード曲「死に花に、生命を」はSNSに投稿されたライブ映像が総再生回数約260万回を記録した話題曲。「身内が自死したときに書いた曲」ということを明かしており、リリースを待望する声が多く寄せられていた。独自の歌詞の世界観と透明感ある歌声で、シンガーソングライター・矢作萌夏の新たな魅力が伝わる楽曲となっております。
 
 さて、今日のうたではそんな“矢作萌夏”による歌詞エッセイを3回に渡りお届け。今回が最終回です。綴っていただいたのは、収録曲「死に花に、生命を」にまつわるお話。自身が初めて「死」を身近に覚えた出来事。そこから「死」に、そして「生」に向き合い、見えてきたこと、気づいたことは…。ぜひ、歌詞とあわせて、このエッセイを受け取ってください。



小学2年生の夏休み。
「ママには内緒だぞう」
って、へんてこパンのレシピを教えてくれたことがある。
 
8枚切りの食パンを手のひらに1枚乗せたら、
バターを惜しみなく塗って、
マヨネーズをたっぷりかけたら、
そこにハムを贅沢に3枚。
 
トースターに入れたら、部屋中が美味しいにおいで充満してきて
子どもながらの背徳感というか、へんてこな食べ物がこんなに美味しいんだ、
この人魔法使いかも、とまで思った。大人ってすげ~って思った。
ママにバレないように、2人でこそこそ食べた。
 
 
へんてこパンのレシピを教えてくれた魔法使いは、
亡くなった。
 
自死だった。
 
身内の死は初めてだったから、なんとも言えない感情に襲われて、
涙は出なかった。
 
まわりの大人たちは
「私たちはできることはしてあげられたし、後悔ないよね。これでいいよね。」
と、言っていた。
 
 
私には笑顔ばかり見せていたその人が、
長い間、一人でずっと苦しんでいたのだ。
気づかなくて、ごめんね。と何回も思った。
 
でも、何をそんなに責めてしまったんだろう?
と、子どもの私は思っていた。
 
 
 
私が「死」を身近に覚えたのは、それからで、
自分の頭の中をよぎったこともあった。
 
あ~何も残せなかった。
期待に応えられなかった。
そろそろ呆れられたかも。
だめだなぁ。
 
突然、明日からその先の未来が真っ暗に思えて
今が一番美しいなら、その状態で終わりたいって思った。
誰かが悲しんでくれるなら、それだけで幸せだなあと思った。
 
ひとは、自分の夢を押し付けあって
争って、勝手に散っていく。
そんな世界に嫌気がさしていた。
魔法使いの気持ちがなんとなく理解できた気がした。
 
 
でも、視界をひろげて周りを見渡したら
愛するもの、愛してくれるものが沢山あって。
 
それらのために、生きなければいけないと思った。
 
私は枯れてしまった花で、
自分自身で水をやらないと
這い上がれない。
 
踏み潰されて、ぺしゃんこになっていても
生きてはいける。
 
亡くなってしまった魔法使いを責めたりしない。
ひとつの覚悟であって、自分が選んだのならそれでいい。
でも、生きていることに意味があること。
生きていることを喜んでくれる人がいること。
死んでしまっては、それを知れないこと。
 
なんとなく生きてみながら、
感じながら、探していく人生もいいなと思う。
 
誰しもが心に傷を抱えていて、
適度な嘘で自分を抱きしめながら、
愛情を受けとって、生きている。
 
そんな思いで書いた「死に花に、生命を」が
あなたの救いになりますように。
 
<矢作萌夏>
 


◆紹介曲「死に花に、生命を
作詞:矢作萌夏
作曲:矢作萌夏
◆配信シングル「わたしごっこ」
2024年8月14日配信
 
◆EP『愛を求めているのに』
2024年9月25日発売
 
<収録曲>
1 : 満たされない
2 : I was born to love you
3 : わたしごっこ
4 : 18歳のわたしへ
5 : 死に花に、生命を