2026年1月28日に“レトロリロン”が1st Full Album『コレクションアローン』をリリースしました。自身初となるフルアルバムには、2025年にリリースされた「UNITY」「ラストハンチ」「バースデイ」「僕だけの矛盾」のメジャー4作品に加え、新録の「リコンティニュー」「FAQ」「ふたり」「咒」を含む全8曲が収録。
さて、今日のうたではそんな“レトロリロン”の涼音による歌詞エッセイをお届け。自身が向き合ってみた、「“感情”は共有するものなのだろうか?」という問い。思考を続けた先、たどりついた今の結論は…。ぜひ、今作とあわせてエッセイをお楽しみください。
僕らが生きる世界では、感情というものは定義されて言語化されている。それは社会を築いていく上では欠かせない基準となり、相手を推し量ろうとするときの目安にもなっている。
本来、僕ら人間の感情は目に見えないし、共有することはおろか、明確に理解し合えない。実際のところ、言語化もされるべきではないと僕は常に感じている。なぜなら、そこには意識の共有においての利便性が優先されているからだ。その為、僕の気持ちを本当に理解してくれた人は生涯まだ誰一人として存在しない。
そんな悩みを抱えながらも、社会は日々刻々と動いていく。このまま終わりを迎えるまで、自己の感情を他者と擦り合わせながら自認していくしかないのだ。と、半ば諦めながら考えていた最中、思いもよらないところに考えが飛んでゆく。
“感情”は共有するものなのだろうか?
生きていく中で、様々な哲学や美学、そして偏見や価値観を我々は手に入れる。このどれもが誰かと同じになることはない。そしてそれらは共有するものではなく、自己の判断軸として機能するものだと考えている。
つまりは“感情”もそこに含まれるのではないだろうか。いやしかし、感情の共有を諦めたいわけではない。それで片付けてしまうには勿体無いと思い思考を続けてみた。今、僕がたどり着いた結論としては、「感情の共有を言語のみで行おうとするからすれ違いが生まれるのではないだろうか」ということだ。
何か言語だけではなく別の方法と掛け合わせて、感情を表現できないだろうか。
そう思った時には、感情それぞれに曲を書いてみようと筆を走らせていた。
これだけ“便利”が蔓延っている世の中でも、まだ互いを理解したいという想いや潜在意識が残っているからこそ社会という規範は存在し続けているのかもしれない。
僕は自己の感情を他者に理解してほしいと思っていたが、そもそもが間違っていたのかもしれない。お互い何も分からなくていいのだ。そこに悲観はない。それぞれが既に言語化された感情に当てはまることなく、自分だけの感情を持ち集められたのなら、そして言葉だけではなく呼吸や音や匂い、はたまた死というものすらも感情を形作るものとしてそばに置いて置けたのなら、少しは生きやすくなるのかもしれない。
そんなことを考えながら僕は電車に揺られていた。
<レトロリロン・涼音>
◆1st Full Album『コレクションアローン』
2026年1月28日発売
<収録曲>
1.リコンティニュー
2.FAQ
3.ふたり
4.ラストハンチ
5.UNITY
6.僕だけの矛盾
7.咒
8.バースデイ






