2025年5月28日に“松田今宵”が1st EP『ケの日』をリリースしました。今作には、様々なサウンドと物語が紡ぐ珠玉の全4曲が収録されております。そして、EPタイトル『ケの日』に込められているのは、“丁寧でもないし、穏やかでいられないような毎日…そんな日々にこそ宿る、ちょっとした違和感、癖、弱さなどを、まるごと肯定したい”という想い……。
さて、今日のうたではそんな“松田今宵”による歌詞エッセイを4週連続でお届け! 最終回は収録曲「遮光カーテン」にまつわるお話です。彼と彼女、2人にとっての奇跡であり、愛であり、最強である“遮光カーテン”が守ってくれるものは…。ぜひ歌詞と併せて、エッセイをお楽しみください。
これは、平熱を愛した2人のお話。
*
あるところに、大きな音が苦手な女の子がいました。
電車の通過音や車のクラクション、扉を強く閉める音などを聞くたびに
彼女は震えあがって、しゃがみこみ、ひどいときには熱さえ出してしまうのでした。
「この遮光カーテンは最強なんだよ。」
そんな彼女に、彼はそう言いました。
彼は太陽の光が大の苦手で、ときには蕁麻疹が出るほどでした。
けれど、ある人から譲り受けた遮光カーテンを使うようになってからは、
ずっと調子が良いというのです。
「この遮光カーテンはね、いつも僕を守ってくれる。
大きな音も遮るんだ。君のことだって守るよ。」
(ほんとかな。)
半信半疑だった彼女でしたが、彼の声があまりにやさしかったので、信じてみたくなりました。
そして、彼の遮光カーテンの中に入ることにしたのです。
…本当でした。
強い光も、大きな音も遮られ、
過呼吸も、蕁麻疹も、みるみるうちに治っていきました。
外界から隔てられたその空間は、とても暗く、何も見えませんでしたが、
彼の体温だけは、確かに感じることができました。
そしてその中では、2人とも、笑っていられるのでした。
*
一度起きた奇跡は、人の心を強くそこに縛りつけます。
彼女はすっかり、遮光カーテンを信じこみました。
そして、それをくれた彼を、信じました。
彼の寝顔に毎日手を合わせました。
そうすれば、何も恐れず、穏やかな日々を過ごすことができたのです。
街に出るときには、2人で遮光カーテンの切れ端を被ったり、互いの目や耳をふさぎあって歩きました。
はたから見れば、奇妙な光景だったかもしれません。
けれど、2人にとってそれは、ごく普通の景色なのでした。
それこそが、彼らにとっての“日常”だったのです。
彼は彼女をとても愛していましたし、彼女もまた、彼を深く慕っていました。
「外はあまりに危険すぎる。容赦なく君を非難するし、君の存在を否定する。
でもここにいれば、君は全肯定される。ここは安全基地なんだよ。」
「この遮光カーテンを、いつでも持っていなさい。あらゆるものから君を守るよ。」
無条件の愛に、人は疑いの余地を持たない。
たとえそれが、意味のないことだとしても。
*
風が強くなってきました。
雨は弓矢のようで、人の身体を貫いてしまう。
嵐はやがて、ここにもやってくるでしょう。
でも、ここにいれば大丈夫。
だってこの遮光カーテンは、“最強”なのだから。
さぁ、いつもの儀式をしよう。
おでこを、こうやって合わせるんだよ。
平熱だ。
僕らは今、こうして生きている。
*
2人は世紀末の時代に生まれ、必死に自分たちの日常を守り抜こうとしていた。
生きる目的を、見出そうとしていた。
それは、わたしの、この「ケの日」と
なんら変わらないのかもしれない――そんなふうに思うのです。
<松田今宵>
◆1st EP「ケの日」
2025年5月28日リリース
<収録曲>
M1. 記憶捏造計画
M2. 霞
M3. かくれんぼ
M4. 遮光カーテン