遮光カーテン

  2025年5月28日に“松田今宵”が1st EP『ケの日』をリリースしました。今作には、様々なサウンドと物語が紡ぐ珠玉の全4曲が収録されております。そして、EPタイトル『ケの日』に込められているのは、“丁寧でもないし、穏やかでいられないような毎日…そんな日々にこそ宿る、ちょっとした違和感、癖、弱さなどを、まるごと肯定したい”という想い……。

 さて、今日のうたではそんな“松田今宵”による歌詞エッセイを4週連続でお届け! 最終回は収録曲「遮光カーテン」にまつわるお話です。彼と彼女、2人にとっての奇跡であり、愛であり、最強である“遮光カーテン”が守ってくれるものは…。ぜひ歌詞と併せて、エッセイをお楽しみください。



これは、平熱を愛した2人のお話。
 
 
 
 
あるところに、大きな音が苦手な女の子がいました。
電車の通過音や車のクラクション、扉を強く閉める音などを聞くたびに
彼女は震えあがって、しゃがみこみ、ひどいときには熱さえ出してしまうのでした。
 
 
「この遮光カーテンは最強なんだよ。」
そんな彼女に、彼はそう言いました。
 
彼は太陽の光が大の苦手で、ときには蕁麻疹が出るほどでした。
けれど、ある人から譲り受けた遮光カーテンを使うようになってからは、
ずっと調子が良いというのです。
 
「この遮光カーテンはね、いつも僕を守ってくれる。
大きな音も遮るんだ。君のことだって守るよ。」
 
(ほんとかな。)
半信半疑だった彼女でしたが、彼の声があまりにやさしかったので、信じてみたくなりました。
そして、彼の遮光カーテンの中に入ることにしたのです。
 
 
…本当でした。
強い光も、大きな音も遮られ、
過呼吸も、蕁麻疹も、みるみるうちに治っていきました。
外界から隔てられたその空間は、とても暗く、何も見えませんでしたが、
彼の体温だけは、確かに感じることができました。
そしてその中では、2人とも、笑っていられるのでした。
 
 
一度起きた奇跡は、人の心を強くそこに縛りつけます。
 
彼女はすっかり、遮光カーテンを信じこみました。
そして、それをくれた彼を、信じました。
彼の寝顔に毎日手を合わせました。
そうすれば、何も恐れず、穏やかな日々を過ごすことができたのです。
 
街に出るときには、2人で遮光カーテンの切れ端を被ったり、互いの目や耳をふさぎあって歩きました。
はたから見れば、奇妙な光景だったかもしれません。
けれど、2人にとってそれは、ごく普通の景色なのでした。
それこそが、彼らにとっての“日常”だったのです。
 
 
彼は彼女をとても愛していましたし、彼女もまた、彼を深く慕っていました。
 
「外はあまりに危険すぎる。容赦なく君を非難するし、君の存在を否定する。
でもここにいれば、君は全肯定される。ここは安全基地なんだよ。」
 
「この遮光カーテンを、いつでも持っていなさい。あらゆるものから君を守るよ。」
 
無条件の愛に、人は疑いの余地を持たない。
たとえそれが、意味のないことだとしても。
 
 
風が強くなってきました。
雨は弓矢のようで、人の身体を貫いてしまう。
嵐はやがて、ここにもやってくるでしょう。
でも、ここにいれば大丈夫。
だってこの遮光カーテンは、“最強”なのだから。
 
 
さぁ、いつもの儀式をしよう。
おでこを、こうやって合わせるんだよ。
平熱だ。
僕らは今、こうして生きている。
 
 
 
2人は世紀末の時代に生まれ、必死に自分たちの日常を守り抜こうとしていた。
生きる目的を、見出そうとしていた。
 
それは、わたしの、この「ケの日」と
なんら変わらないのかもしれない――そんなふうに思うのです。
 
<松田今宵>



◆紹介曲「遮光カーテン
作詞:松田今宵
作曲:松田今宵

◆1st EP「ケの日」
2025年5月28日リリース
 
<収録曲>
M1. 記憶捏造計画
M2. 霞
M3. かくれんぼ
M4. 遮光カーテン