「幸せ行き」の途中駅から

 2025年6月18日に“南壽あさ子”メジャー4枚目となるフルアルバム『AMULET』をリリースしました。47都道府県ツアー(3度目)と並行して発表され、本人の音楽活動の集大成とも言える作品。新曲として収録される「珈琲フロート漂流記」と「オン・ザ・スクリーン」には、はっぴいえんど、ティン・パン・アレーで知られるロック界のレジェンド、鈴木茂が今作もギターで参加しており、必聴の一枚となっている。
 
 さて、今日のうたではそんな“南壽あさ子”による歌詞エッセイを3週連続でお届け。第1弾は収録曲「幸せの途中」にまつわるお話です。NHK青森の番組『あおもりもりもり』エンディングテーマとして書き下ろされたこの歌。曲作りのための青森旅で出会い、五感と心で感じたものは…。ぜひ歌詞と併せて、エッセイをお楽しみください。



「幸せの途中」という言葉には、どこか、まだ名前のつかない時間の手触りがある。
その揺らぎに時に挫けそうになりながら、どうにか平衡感覚を失わぬようにしがみつくわたしたち。
渦中にいる時にはまだよくわかっていない。そんな時間そのものが、実は宝物となる“途中”なのだと思うのです。
 
この曲は、NHK青森の番組『あおもりもりもり』エンディングテーマとして書き下ろしました。番組からは、オープニング曲も依頼されており(のちの「あおもりもりもりのうた」)、わたしはその制作スケッチのため、2022年3月、まだ雪の残る季節に、青森へと旅に出ました。音楽になる何かを探す、3泊4日の贅沢な旅でした。
 
初日は、青森市の合浦公園と善知鳥神社へ。公園は一面の雪で、歩くのも一苦労。踏みならされていない真っ白な道なき道を、雪に足を取られながら進みました。
 
善知鳥神社は、棟方志功が幼少期によく遊んだという場所。「わだばゴッホになる」――彼がそう叫び、自らを奮い立たせながら、多くの魂のこもった作品を生み出していった姿を想う。
決して驕らず、飢えにも似た真剣さで己と対峙し続けたその生き様。言葉も凍るような寒さの中、わたしの心臓だけがボォっと熱くなる気がしました。
 
二日目は八戸方面へ向かい、八食センター、蕪嶋神社、館鼻公園などを巡りました。夕方には八戸えんぶりの旦那さんのご自宅へ訪れ、お祭りの意味や継承の意義についてお話を伺いました。誰かがつないできた時間の厚みに、背筋が伸びる思いがしました。
 
そして、津軽へ向かった日。
「津軽あかつきの会」という、郷土料理を受け継ぐ女性たちのもとを訪れました。いただいた伝承料理は、どれも素材を活かした素朴な味ながら、しみじみと奥行きを感じさせるもので、まるで土地の歴史を味わっているかのようでした。窓の外には、まだ芽吹かぬりんごの木が、春を待つように静かにそこに立っていました。
 
わたしのリクエストで、津軽鉄道のストーブ列車にも乗せてもらいました。津軽五所川原駅から、日本最北の小さな私鉄はごとごと走り出します。客車に据えられたダルマストーブの上でイカを焼いてもらい、それを必死に噛みながら、わたしは車窓を流れゆく雪原を眺め、自分の今を見つめるような心持ちになりました。日々駆け足で過ぎていく時間のなかで、「いま、自分はどの地点にいるのだろう」と。幸せなのか、不安なのか、それともまだ名前のつかない何かなのか――。
 
金木駅で途中下車し、太宰治の疎開の家、旧津島家新座敷を訪れました。彼が過ごした部屋、たしかに残る彼の余韻。それらを見ながら思ったのは、人の営みは、その人がいなくなっても、何かしらの形で受け継がれていくのだということでした。
彼の言葉が、今も誰かの手に、心に渡っていることを思えば、あの時の彼の孤独も、幸せの途中だったと言えるでしょうか。
 
「これが幸せ」と確信を持てる瞬間には、なかなか出会えません。むしろその駅を過ぎてから、あれが幸せだったのかと振り返るものなのかもしれない。「幸せ行き」の列車に乗っているとは知らずに、わたしたちはいつも迷いながら、もがきながら生きていくのでしょうか。それならば、せめて心のなかでは“いつだってわたしは幸せの途中”と信じられたらなんて素敵なことでしょう。
 
旅の最終日、雪の壁の先にある酢ヶ湯温泉に浸かりました。外は凍えるような寒さでしたが、そのぶん湯のあたたかさが、じんわりと体の奥にまで沁みてきたのを覚えています。
あのときのぬくもりのように。この曲もまた、誰かの人生の“途中”で、小さなテールライトのように灯ることを願って。
 
<南壽あさ子>



◆紹介曲「幸せの途中」
 
◆フルアルバム『AMULET』
2025年6月18日発売
 
<収録曲>
1. 珈琲フロート漂流記
2. あなたがいる
3. 時の環
4. オン・ザ・スクリーン
5. ローファー
6. あおもりもりもりのうた
7. あじき路地
8. 幸せの途中
9. がんばるひとへ
10. パラブルの島
11. 呼吸のおまもり