まくろな天井と星の合図

 2025年6月18日に“南壽あさ子”メジャー4枚目となるフルアルバム『AMULET』をリリースしました。47都道府県ツアー(3度目)と並行して発表され、本人の音楽活動の集大成とも言える作品。新曲として収録される「珈琲フロート漂流記」と「オン・ザ・スクリーン」には、はっぴいえんど、ティン・パン・アレーで知られるロック界のレジェンド、鈴木茂が今作もギターで参加しており、必聴の一枚となっております。
 
 さて、今日のうたではそんな“南壽あさ子”による歌詞エッセイを3週連続でお届け。第2弾は収録曲「ローファー」にまつわるお話です。世界の“これまで通り”が変わってしまった頃、改めて自身の歩んできた道を振り返り、生まれたこの歌。ローファーという音に溶けているものは…。ぜひ歌詞と併せて、エッセイを受け取ってください。



ローファーという靴は、まだ履き慣れない頃の感覚を残している。
艶のある革、歩くたびに響く、ほんの少し背伸びしたような、あのカタい足音。
たとえば、卒業式や入学式の帰り道。
まだ何者でもなかった自分が、それでも何かを踏みしめていた音がする。
学生のころは毎日履いていたのに、気がつけばそれ以来、一度も履いていない。
 
この曲を書いたのは、世界の空気がすっかり変わってしまった頃だった。
遠くへ行けず、誰かと会えず、自分の歩幅さえわからなくなってしまいそうな日々。
“これまで通り”がまるごと消えてしまったような時間の中、わたしは
「今までやらなかったことを、やってみよう」と思うようになった。
 
たとえば、自分が生まれてから今までの記録を掘り起こしてみたり。
ライブ前は避けていた辛いもの、おもにカレーうどんを、好きなだけ食べてみたり。
慣れない道を一歩ずつ自分の足で確かめながら、曲がりなりにも歩き続けて早十年。
立ち止まり、振り返りながら生まれたのが「ローファー」だった。
 
この頃は、毎晩ベッドの上で、まくろな天井を見上げながら考えていた。
「これは、いったい何を意味しているのだろう」と。 
夜空の彼方から、わたしたちに向けて瞬く星の合図を
――夜の奥に脈打つリズムを、静かに探していたのかもしれない。
 
 
そんな折、千葉県佐倉市からの依頼で、あるショートムービーのテーマソングを担当することになった。
タイトルは、『さくら咲く』。
“今までやらなかったことを”という気持ちが、またひとつ、手を伸ばした。
わたしはこの機会に、それまで一度も使ったことのなかった<さくら>という言葉を、初めて歌詞に入れた。
 
この曲には、高校生たちのまぶしい季節が重なっている。
くすぐったくて、不安で、それでも前へ進もうとする気持ち。
それは、あの頃のわたし自身でもあり、今を生きる誰かの姿かもしれない。
大人になると、感情の波を幾度となく受け止め、心が揺れるたび、静かに身を守る術を知らず覚えてしまう。 
それでもなお、人と人とのつながりや、愛のあるワンシーンを、大人もまた探しているのだと思う。
 
<ただ今だけ ただ今だけを ぼくはゆくんだよ>
実はこの歌詞とメロディーは、わたしがまだ中学生だったころから、ずっと心の奥にあったものだった。 
当時は、ただ口遊んでいただけだったけれど、年月を経てようやく、この「ローファー」という曲の中で、自分自身の言葉として響かせることができた。過去の自分と今の自分が、ようやく手を繋げた気がした。
 
 
ローファーという音に、過去と未来の足音が交差する。
その響きの中に、歩いてきた日々と、まだ誰も踏んでいない道が、そっと溶け合っている。
それは、今を歩き出すための名前だったのかもしれない。
そろそろ、また新しいローファーを買ってみようかな、と思う。
 
<南壽あさ子>



◆紹介曲「ローファー
作詞:南壽あさ子
作曲:南壽あさ子
 
◆フルアルバム『AMULET』
2025年6月18日発売
 
<収録曲>
1. 珈琲フロート漂流記
2. あなたがいる
3. 時の環
4. オン・ザ・スクリーン
5. ローファー
6. あおもりもりもりのうた
7. あじき路地
8. 幸せの途中
9. がんばるひとへ
10. パラブルの島
11. 呼吸のおまもり