空想委員会が歌う「ガール」とはなんなのか。

 2021年12月29日に“空想委員会”がニューアルバム『世渡り下手の愛し方』をリリース!2年間の活動休止を経て、今年4月から活動を再開した彼らの再スタートを飾る今作。三浦隆一(Vo.&Gt.)の作品を中心に、佐々木直也(Gt.)、岡田典之(Ba)が制作した楽曲も含め、全12曲が収録。デビュー当時から“恋愛弱者”たちの思いを歌う曲が人気だった彼らですが、今作には、社会人の日々の葛藤や恋愛をテーマにした楽曲も…!
 
 さて、今日のうたコラムではそんな最新作を放った“空想委員会”の三浦隆一(Vo.&Gt.)による歌詞エッセイを3週連続でお届け!今回は第1弾です。綴っていただいたのは、彼らの“ガールシリーズ”と呼ばれる楽曲についてのお話。歌詞で描かれる「ガール」とは一体、どんな存在なのでしょうか。今作の入り口を飾るのも「全速力ガール」というタイトルの新曲。是非、エッセイと併せてお楽しみください!



空想委員会の楽曲には「ガールシリーズ」と呼ばれる曲たちがあります。タイトルに「○○ガール」と付く曲です。過去に発表した曲はアッパーの曲もあればバラードもあり、曲調に統一性はないのですが、その曲たちはファンの皆さんの間では名曲揃いだと言われています。
 
今回は作詞を担当している私、三浦が自分の曲ながら「ガール」とはなんなのかを分析・解説していきたいと思います。
 
曲中に登場する「ガール」はどんな存在なのか改めて見てみると、掴み所がなく未知の存在であり、しかし身近に存在している、芯があって強いキャラクターです。曲の物語は様々ですが、その存在に関しては一貫しています。
 
何故このような登場人物が曲に出てくるのかを考えてみると、いつもその存在に振り回されたり、刺激されたり、鼓舞されたりする主人公(三浦)がそこにはいます。つまりこれは自分(三浦)と最も遠い存在、対極にある存在であるということに気付きました。
 
ガールシリーズに登場する「ガール」には、モデルとなった実在する人物がいるのですが、その人物はあくまでもきっかけでしかなくて、曲中で歌われるのは抽象化されたキャラクターになります。
 
 
その「ガール」が登場することで私と「ガール」との間に物語が生まれます。それを歌うことによって私は日々の生きづらさだったり、不器用すぎる自分の不甲斐なさだったり、それでもなんとか前進したいという想いを歌ってきました。
 
 
曲を作ったタイミングにより、自分に足りないと感じているものや、自分が理想としているものは変わるので「ガール」のキャラクターも変わっていくのですが、そこに確実にあるのは「足りない自分」と「理想の姿であるガール」の関係性です。
 
自分が思い描いている理想の形を「ガール」に投影することによって、私は曲を作ってきたのだとわかりました。名曲揃いだと言われる所以も、もしかしたらそこにあるのかもしれません。他の曲より、一層気持ちが入っているというか、そこには怨念みたいなものが宿っているがために名曲と言っていただけるのかもしれません。
 
 
空想委員会はもうすぐデビュー10周年を迎えます。10年前から歌い続けている曲たちをずっと歌い続けられるのは、未だ追いつけない「ガール」の存在があるからです。そしてこれから先の人生においても必ず「足りない自分」と「理想の姿であるガール」の関係性は形を変えて現れると思います。きっとまた次の「ガール」を歌う曲ができることでしょう。
 
<空想委員会・三浦隆一>



◆4th Full Album『世渡り下手の愛し方』
2021年12月29日発売
BZCS-1195 \ 3,000(税込)
 
<収録曲>
1.全速力ガール
2.縋る蜃気楼
3.愛しき地獄
4.トリガー
5.Dodo
6.コイアイ
7.大河の一滴
8.1783
9.Re:gain
10.ラブソングゾンビ
11.will
12.積み木遊び