無駄と夢は紙一重

 2024年11月27日に“Sano ibuki”が2部作からなる3rd Full Album『BUBBLE』をリリース。デビューアルバム『STORY TELLER』以来、新たに書き下ろした空想の物語をもとに、2部作(side-DUSK/DAWN)となる本作。「夢」に憧れ、旅を始める二人の少年による、異なる時空で繰り広げられる冒険譚をもとに書き下ろされた作品となり、前篇「BUBBLE side-DUSK」は10月30日に配信リリースとなります。
 
 さて、今日のうたではそんな“Sano ibuki”による歌詞エッセイを2回に渡りお届け!今回は第1弾です。自身にとっての“春休み”を抜けて、収録曲「三千世界」が生まれ、アルバム『BUBBLE』が生まれるまでのもがきあがいた軌跡とは。そして、バイト先の先輩が迎えた結末は…。ぜひ歌詞と併せて、エッセイを受け取ってください。



自動販売機で、毎日ホットコーヒーを買う。
当たりがついているそれが一度も当たったことがないらしい深夜コンビニバイト先の先輩は、バイト終わりの早朝に願掛けのように、癖のように買っていた。
 
「当たらないですよ、また」って僕がいうといつも
「そうですね。何年、買っても当たらなくて、もう意地みたいなもんなんですよ。当たるとこ見てみたくないですか?」と言った。
「無駄遣いだなあ」と返しながら、面白い人だなと思った。それは自分にはない感情で、やらなければいけないことじゃないなら切り捨ててしまえ、の精神で生きてきた自分にとって衝撃的だったことを覚えている。
 
そんな先輩と出会ったのは、大学一年生になる直前の春休みのことだった。僕が大人でも子どもでもなかった頃の話。
僕はもう随分と長いこと、この高校三年生から大学一年生になるまでの少し長い“春休み”にいる気がする。
実際には大学へ行き、僕は今働いていて、あの“春休み”とはお別れをしたはずなのだけども、ここ数年まで本気でそう思っていた。
思えば、自分が何者かになってしまう恐怖と、根拠のない自信が本当に根拠がないと自覚してしまう前の、逃亡のようなものだった。
 
自転車をぶっ飛ばして、何時間もかけてたどり着いた場所には、電車で数分、車で数十分で着くようになった。
俺と上京してビックになろうぜ!!と肩を組んだ少しおバカで可愛らしいあいつは、休日を必死に作っては子どもの世話をする頼り甲斐のあるお父さんという名前をもらった。
口癖のように吐いていたため息は世の中に対する不満より、不甲斐ない自分に対する不満の方が増えた。
初めて一人暮らしした自由なワンルームは、不自由を感じて選択肢からも外れるようになった。
両親に無理を言いながら、自分でも必死になってバイトして買ったギターが世界を変えるほどの音ではなくて、なんだったら修理しないといけないことを知った。
 
どれも自分にとってかけがえないものだった。
じっくり実感していくように自分から青春が抜けていくようだった。
それはよく考えれば、思春期を通り過ぎかけた頃の自分にとってはすごく自然なことで、無駄なこと、嫌ってやらなければいけないこと以外を切り捨てる方が生きやすかったはずなのに、いつの間にかあの頃の先輩のように当たりがついている自動販売機に毎日通うような日々を過ごしていた。
気がついてしまったからか、すーっと血の気が引いていくように青春時代の残り香が消えていくのを感じた。
これが“春休み”を抜けていくような感覚だった。
なーにやってるんだろう自分は、という虚無のような心はそのうち、脳を蝕んで、筆が進まないどころか、持ち上げることすら難しくなった。
 
それは自分にとって初めての経験で、真っ暗闇でもない、自分の足跡も形跡も誰かのことすら認識できない真っ白な部屋に閉じ込められたような感覚だった。
 
自分で自分を諦めることを覚えてしまった。
 
でもだからこそ気がついてしまった。今だからこそ言える。あの早朝の自販機に通う癖みたいなものを僕は無駄だなと思ったけど、先輩はそんなこと思ってもいなかったのだろう。
きっと夢を描いていた。
当たったら面白いな。とか。
その姿はどこか青春をしているようだったと今だから思える。
僕はまだその青春を迎えにいけてなかった。
 
一度抜けてしまった春休みを超えた先で、振り返らずに青春をしようともがいた。
自分に残っているものはなんだと向き合い続けて、真っ白な部屋の中、『BUBBLE』というアルバムが産まれ、最初の一曲として「三千世界」という曲が産まれた。
残り滓のようなもので必死につけた炎だった。
 
春が終わった真っ白な部屋の中で、その灯火が誰かに届くように今も祈っている。
自己満足の成れの果てかもしれないそれを世界で一番凄いんだと、胸を張りながら思う。
 
ある冬の朝、先輩はいつものように自動販売機に向かうと、「今日はなんか違う気がしますよ」と言った。
何言ってんだかなあと思いながら、朝日が眩しくて、上手く上を向くことが出来ず、白い息を吐きながら、バイト中に完成させた“魔法”の歌詞を、改めて新鮮な気持ちでとスマホの画面を見つめていた。
ガタン!という缶の容器がひしゃげてしまいそうな勢いの自販機の音と共に安っぽいルーレットの音が聞こえる。ぴー!ぴー!ぴー!と初めて聞こえる音がした。
上を向くと満面の笑顔で、「さのさん!もう一本選んで良いですよ」と語りかける先輩がいた。
 
<Sano ibuki>



◆紹介曲「三千世界
作詞:Sano ibuki
作曲:Sano ibuki

◆3rd Full Album『BUBBLE』
2024年11月27日発売

DISC:1「BUBBLE side-DUSK」(2024.10.30配信)
01. bubble
02. 三千世界
03. twilight 
04. 快晴浪漫
05. 天国病
06. かりそめ / Sano ibuki +なるみや
07. eclipse
08. クロニクル
09. プラチナ 
 
DISC:2「BUBBLE side-DAWN」(2024.11.27配信)
01. NULL
02. ZERO
03. ミラーボール 
04. 致死量のブルー
05. きっと ずっと
06. 久遠 
07. 革命を覚えた日
08. 罰点万歳
09. 終夜
10. GOOD LUCK
11. YUIGON